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2005年07月 読書ノート最終更新日:2005/07/31
ここでは私が読んだ本についての感想を公開しています。本のジャンルは「なんでもあり」です。
現代の経営(上)P・F・ドラッカー(ダイヤモンド社)
経営書の古典として有名なピーター・F・ドラッカーの「現代の経営」。原題は「The Practice of Management」で「マネジメントの実践」となる。原題の通り、�T部「事業をマネジメントする」ではシアーズ物語、�U部「経営管理者をマネジメントする」ではフォード物語という、事実から経営の実践を知る試みがなされている。シアーズ物語では、アメリカの農民向けのビジネスを展開していたが、ライフスタイルが変化した為イノベーションが必要となったという物語。フォード物語は、経営管理者抜きで全ての経営判断をヘンリー・フォード一人で実施していたところ、経営が行き詰まってしまったので、事業部制に再編して再び成長を続ける事ができたという物語。どちらの物語も、事業・経営管理者のマネジメントの必要性を認識するための物語で、各部の導入としてたいへんわかりやすい。
この本の中で取り上げられていた数々の問題の中で、「キャンペーンによるマネジメント」と「CEO一人体制の危険」の問題について特に関心を持った。「キャンペーンによるマネジメント」では、経費削減キャンペーンなどを実施して経営の効率化を図ろうという手法は無意味であるという事。そのようなキャンペーンを実施したところで3週間もすれば元に戻ってしまい、当座しのぎにしかならない。そのようなマネジメントではなく、事業の目標を明確にして、それぞれの目標感のバランスをとっていくというマネジメントが必要であるということが示されている。この点に関しては、目標を見失って意味不明なキャンペーンを打ち出している企業は実際にたくさんあるだろうなという印象を持った。このような古典の経営書で指摘されている事すら現在の経営者は理解し、実践できていないというのは情けないと思う。
次に「CEO一人体制の危険」だが、CEOが一人ではその仕事が多すぎるので、CEOはチームで仕事をする必要があるという事。もしもCEOが一人で仕事をしている場合、その仕事を処理することができずに補佐役などに囲まれて仕事をすることになる。補佐役などの側近は、CEOの側近である事によって神秘的な権力を持つが、明確な仕事や責任はない。そのため、いわゆる側近政治が行われ、組織が機能不全に陥るという危険性に繋がるという事を示している。これはCEOの側近以外にも当てはまる事で、明確な仕事や責任が無いにも関わらず権力だけを保持している人が居ると、どんな組織でも機能不全に追いやられてしまう危険性があると思う。
日付:2005/07/31
IP電話の仕組み(一般の電話と何が異なるか)、IP電話を構成する基礎技術などが簡単に説明されている本。僕自身電話についてはそれなりに知識があるつもりだが、IP電話に関しては全くと言っていいほど知識が無かった事を思い知らされた。この本が2003年に発行されていることを考えると現在のIP電話の状況はもっと変化・発展しているのだろうと思う。ちなみに僕が電話についてよく勉強していたのは、工事担任者を受験した2000年の頃。
この本ではIP電話の、技術面が中心に取り上げられている。H323プロトコルやSIP(Session Initiation Protocol)などは、全く知識がなかったのでためになった。TCP/IPや電話の通信技術の基本さえわかっていれば簡単に理解できるように書かれていると思う。この本で紹介されていた技術面の話題で興味深かったのは「VoIPの無音圧縮」。これは、通常の通話では4〜6割が無音状態なので、その部分の通信を省いてしまえば、データ伝送の帯域を節約できるという技術。しかし、通常の通話には連続的に雑音が含まれている為、しきい値以下の音を無音と判断して省いてしまうと、ブツ切れの雑音が通話する相手に聞こえることになってしまう。人間の耳には、連続した雑音は自然に聞こえるが、断続的な雑音は不自然に聞こえるため、無音圧縮は音質劣化に繋がってしまうという問題がある。なるほど、雑音を伝送するというのは無駄なようだが、音質の為には雑音もきちんと伝送する必要があるのだな。ということを興味深く思えた。
日付:2005/07/29
CRMの実践方法について考え方から示されている本。何故CRMが重要か、顧客の順位付け、顧客への働きかけ、インセンティブについてから構成されている。CRMの基本的な考え方がわかりやすくまとまっていて読みやすい本だと思う。実践方法についても、これだけで取り組めるとはいえないものの、取り組みの考え方がきちんと書かれているという印象を受けた。
CRMの重要さについては、企業がマス・マーケティングからワン・トゥ・ワン・マーケティングへ移行する必要があること、そしてそれを実現するためにCRMが必要であるということが述べられている。どうしてワン・トゥ・ワン・マーケティングが必要なのかというと、売り手市場から買い手市場へと変化しているという理由だけでなく、顧客のライフスタイルが多様化しているという側面もあることを指摘している。同じ年齢・性別であっても購買傾向は、「個」人によって全く変わってきているので、それに合わせたマーケティングを実施する必要があるということ。上位顧客を特別扱いするというのは「えこひいき」という感じがするが、上位3割の顧客が7割の売り上げを占めており、さらに上位顧客は利益率の高い商品を購入する傾向もあるということ。上位顧客に焦点を当てることは企業としては当然、そして上位顧客のニーズに対応していくことで企業の「個」性が育成されるという側面もあるということ。この本で明示的に書かれていた訳ではないが、顧客が企業を育てるという側面は興味深い。
顧客情報の収集について、例えば「子供がいるか」「共働きか」などを顧客に尋ねても、あまり意味が無いということ。顧客の状況は常に変化するという面もあるし、「子供の居る両親」と「孫の居る祖父母」はマーケティング上は同じ対応が必要かもしれない。そこでこのような情報を顧客に尋ねるのはやめて、購入する曜日や時間帯で共働きか否かを判断、過去に子供向けの商品を購入したかどうかで判断をする。ここは素直に「なるほど」と感じた。その判断方法が100%正確かというと必ずしもそうとは言えないけれど、分析を行うための情報としては十分だと思う。この本にも書かれていたが、DBを作ることが目的となっては本末転倒で、何を分析する必要があるかを考えて集める情報を決めるということは大変重要なことだと思う。
日付:2005/07/25
先日の「『コールセンター』のすべて」に続いて、コールセンターに関する本を読んでみた。こちらの本はコールセンターの構築技術よりも、コールセンターの管理や位置づけに重点を置いて記述されている。スーパーバイザーやセンター長が、コールセンターをCS向上を行いながら効率的に運営していくためには、どのようにしていくことが必要かが書かれている。
当然のことなのかもしれないけれど、コールセンターを運営していく上でシステムによる効率化も重要ではあるが、コールセンターはやはり人が大事である。またコールセンター運営の大部分は人件費であり、その人をどのように育てて、CS向上を図っていくかが問われている。この本によると、現実はコールセンターでは人は「使い捨て」となっていて人が育つ土壌(や、そもそも企業側に人を育てるという考え方)がないということ。どのような業界でも今時の企業には、人を育てる考え方はあまり無いのかもしれないが、悲しい現実だと思う。
コールセンターでの対応を通じて顧客の声を集め分析し、商品・サービスに役立てるという考え方。この本でも取り上げられていたが、データマイニング・テキストマイニングという言葉が並んでいるぐらいで、あまり深い内容は書かれていなかったように感じた。
日付:2005/07/22
仕事の都合でコールセンターのシステムに携わることになりこの本を手にとった。この本にはコールセンターの重要性、コールセンター開設のプロセス、コールセンターシステムの構成要素、CTI(コンピュータ・テレフォニー・インテグレーション)、コールセンターで利用するNTTのネットワークサービス、コールセンターの今後について解説が示されている。この本を手に取った目的の一つである、コールセンターの業務や構築技術に関する専門用語の理解については、十分に用を足すことができたと感じられた。実際に、この本ではコールセンター構築のプロセスよりも、構成要素や構築技術の解説に多くのページが割かれている。
あとがきにも書かれていた事だが、昨今のビジネスはドッグイヤーで進む。その為、2000年に出版されたこの本の内容では少し古いのかなという印象を受けた。コールセンターの今後で示されている電子メール・コールセンター、IPテレフォニーなどは、今後というよりも既に現在のことである。しかし、コールセンターの管理や構築のための知識を概観するためには、読みやすくもあり、良い本だと思う。
日付:2005/07/21
精神分析土居健郎(講談社学術文庫)
精神分析の理論と両方への応用が解説された本。この本がわかりにくいという訳ではないが、僕自身はこの本の内容をあまり理解することができなかった。実際に本書は平易な言葉で書かれておりわかりやすい。しかしながら、精神分析独特な科学の考え方が取っつきにくかったのではないかと思う。精神分析の入門書を読んで、精神分析の共通言語をある程度知った上で読まなければ混乱してしまう本だと思う。決して入門書ではない。
本書で取り上げられている事は、無意識、自由連想法、精神の構造(イド、自我、超自我)、精神の発達段階(口唇期、肛門期、男根期、性器期)、不安、夢解釈、象徴など。フロイトの精神分析によっている部分が多いと思われるが、フロイト以外の学派についても取り上げられている。僕自身はフロイトというと、精神面をとにかく性的な事に結びつけて解釈する考え方というイメージが強かったのだが、この本を読んでみてそれ以外にもいろいろな精神分析の考え方があるのだなという発見をした。
フロイトの考え方について概観しておこうと思いこの本を手に取ったのだが、十分理解できなかった悔しさもあるので、いずれ機会を見つけてフロイトの精神分析入門も読んでみようと思う。
日付:2005/07/20
殺人をテーマとした物語が3つ。テーマがテーマだけに、読んだ後に気分が良くなるようなものではない。ただ、物語には興味を引かれて一気に読み上げることができた。「琥珀の中に」では男性の死体を水槽の中に、「循環不安」では女性の死体を車の中に。主人公達はその死体達にとりつかれたように振り回されていく。この2作品は、物語の展開に惹かれはしたものの、正直なところは読んでいて気分が悪かった。作品としては評価するものの勘弁して欲しいという感情を持った。
本の表題ともなっている「世界中が雨だったら」は学校で暴力をふるわれている主人公が、趣向を凝らした自殺(?)をする物語。「暴力をふるわれ続けるのが耐えられないのならば逃げ出せばよい」。そんなメッセージが主人公と、主人公の姉の一人称で交互に語られていく。そして、「雨が降ったらひとは軒下に逃れます。」「でも、世界中が雨だったら?」というやりとり。暴力をふるわれ続けていている者達が感じる絶望という感情。彼らの居る世界に雨が降っていたら、彼らは世界中で雨が降っていると思うのは至って当然のこと。でもそれは、彼らの居るとても小さな世界のことで、世界中が雨かどうかなんてわからない。時が過ぎれば当たり前と気づくこと、時が過ぎなければ気づかないこと。でもそれは、その世界を生き抜いてはじめて言えることでしかないんだろうね。
日付:2005/07/15
Java言語によるオープンソースのソフトウェア開発環境として有名なEclipseの使用方法の解説書。Eclipseプラットフォームの基本的な使用方法、チーム開発でのソフトウェア構成管理(CVSの使い方)、Eclipseのプラグイン開発について解説されている。400のTipsとして細切れに解説がされているので、どこからでも読むことができる反面、情報が十分に整理されていないような印象を受けた。
この本を手に取ったのは、ソフトウェア開発効率・品質向上のためにEclipseプラグインを開発をしたい思ったのが理由。残念ながらEclipseのプラグインの解説書が見つからなかったので、比較的プラグインについての解説が多かったこの本を読むことにした。プラグイン開発を行う上での、プラグイン開発におけるランタイム・ワークベンチの使い方などがわかったのは収穫だった。しかしながら、ある程度予測はしていたものの、本来の目的であるプラグイン開発の知識を得たいという意味では不十分な本だった。その点は置いておくとしても、この本の想定する読者層がいまいちわからない。初心者向けでも、上級者向けでも無いような気がする。
Eclipseプラグイン開発の本があまり無いのは、既に良いプラグインが豊富に存在する証拠でもあるので良いことだとは思う。しかし個人的に、Eclipseのプラグインによってソフトウェア開発の生産性向上はまだまだできると考えている。Eclipseは変化・進化のスピードの速いソフトウェアでもあるので、まだしばらくはインターネット上の情報を中心に利用する必要がありそうだ。
日付:2005/07/15
十代はじめの若者が恋を経験し始める2つの物語。「こうばしい日々」はダイという少年がクラスメートの女の子と恋をして、「綿菓子」は姉の元ボーイフレンドに恋をして。若い頃はこんな風に恋いに憧れ素敵な気持ちでいられたよね、というのが素直な感想だと思う、実際。ちなみに僕は現在20代、この本が出版された年から考えると、おそらく著者がこの作品を書いたのも20代ではないだろうか。こう考えてみると、これは20代くらいの人間の恋に対する見方の一つなのではないだろうかと思う。若い頃は恋にもっと必死になれたと、ちょっと醒めた感じで回想する。その見方を代表するように「こうばしい日々」には、ちょっと醒めた感じのダイの姉があらわれる(大学生なので10代後半かもしれないけど)。
そんな風に素敵な気持ちだったと回想できるのも、20代くらいの人間の特権かもしれない。その当事者(といっても10数年前の自分なんだけど)は素敵だなんて思えなくて、単純にいっぱいいっぱいなだけなんじゃないかなと思う。実際には歳をとって、それが素敵なことだったと回想できる余裕ができただけの話で。もっと歳をとったら、恋についてどんな見方になるんだろうか。そんなことを考えてみるのも面白い。
日付:2005/07/13
死神の精度伊坂幸太郎(文藝春秋)
「千葉」と名乗る人間の姿をした死神と、これから死んでいく人間との物語。全6話で構成されていて、それぞれは独立した物語で、キャラクターものの小説。読み終わった最初の感想は、死神が出てくるような話にも関わらず爽やかな感じだな、というもの。主人公の死神は、割り当てられた人間が死に値するか否かを判定するのが仕事。人間の事には関心が無い、何を考えているかわからないと言いながらも、担当する(判定対象の)人間に深入りして行く。最終的には人を死に追いやるのだが、憎めない死神。
6つの話に登場する人間はみんなどこか弱い部分を持っていて、人間離れした、ちょっとずれている(というか死神なのだが)「千葉」とコミュニケーションをしながら、自分が気づいていなかったその弱い部分に気づく。主人公の死神は、人間の死に際に、最後の幸せを感じさせようとは思っていないが、死に行く人間達は何かを悟ったような感じを見せる。でも、そこにいるのは人の死に慣れ過ぎている冷めた死神。
読み終わって改めて見直してみると、この物語は人の死を考えさせる様な作品ではなく、生きている人を描いている作品だと思う。生と死は裏返しなのだけれど、これから死ぬというのに、人間がみな生き生きと描かれている。
日付:2005/07/12
「R」という統計計算用フリーソフトウェアを利用した、品質管理に統計学の手法を適用する入門書。本書は、「R」というフリーソフトウェアを利用することを前提としてはいるが、どちらかというと統計学の品質管理への適用方法の入門書という色合いが強い。グラフ・管理図、チェックシート、パレート図、ヒストグラム、特性要因図、散布図、層別というQC7つ道具のうち、チェックシート以外のツールについての、具体的な例を示しながら解説されている。具体例では、統計的に品質を分析しその改善策を検討していく流れが示されており、適用方法をイメージしやすくわかりやすかった。
書名の通り本書は、統計学がベースとなっている。当然、分布・分散・検定といった統計学の基本的な要素が登場する。取り上げられている統計学はそれほど高度なものではないと思うが、最近は数学に触れる機会も少なくなっていたので、すらすらと読むことができなかった。機会を見つけて、数学を復習する必要があるなと感じた。
ちなみに、この本は「R」の使い方については必要最小限のことしか書かれていない。「R」を使いこなすためには、他の本やインターネット上の情報を多分に参照する必要があるだろう。
日付:2005/07/11
中国という国について知りたい。そう思って、手に取ってみた本がこの本。薄い本ではあるが、北京原人の時代から胡錦涛体制の現代までの中国史が簡単に描かれている。全体を読んでみた感想は、中学生や高校生の頃に世界史で学んでいることのはずだけれど、何となく覚えても居るのだけれど、あの頃は全然わかっていなかったのだな、という感想を持った。中国の歴史を簡単に紹介してる本ではあるが、そこに登場する人物や言葉などは日本人である我々にも多大な影響を与えていることばかりだな、と言う印象を持った。例を挙げるにも多すぎるぐらいである。
いろいろな時代のことが書かれているが、魏呉蜀の三国時代などは、子供の頃に読んだ横山光輝の漫画を思い出しながら読むことができて面白かった。今、あの漫画をもう一度読んだら、また違った読み方ができるのかもしれないと思う。
そして、第二次世界大戦の時代。日本は朝鮮・中国などの東アジア・東南アジアの国々に次々に攻め入る。この戦争に関しての見解や事実認識はいろいろあるので、触れるのは難しい問題だとは思う。ただ、本書の『日本軍は補給を軽視し物資の「現地調達」を奨励したので、極限下におかれた兵士の行動は住民への略奪、殺戮、強姦へエスカレートする。』という記述が、非常に印象に残った。軍幹部はこの顛末に対してどのような責任逃れをするのだろう。「物資の現地調達を奨励しただけで、略奪などを指示した覚えは無い」とでも言うのだろうか、「適切な手段で物資の現地調達を行わなかった兵士達が悪い」と言うのだろうか。極限状態におかれた兵士達がどのような行動を起こすか(起こさざるを得なくなるか)は、室町時代の応仁の乱で足軽達が行った略奪行為などからも予測することができたはずである。これと同じことが日本の大企業の経営者にも言えるのではないかと思う。経営者が経営課題として取り組むべきことを、無責任に現場に押しつける。問題が起こったらすぐに責任逃れの発言をする。これが日本人というものかと思うと悲しくなってくる。そして、僕に何ができるのだろうか、と考える。
日付:2005/07/10
幸福な無名時代G・ガルシア・マルケス(ちくま文庫)
ガブリエル・ガルシア・マルケスのルポルタージュ集。本書の翻訳の底本は、ガブリエル・ガルシア・マルケス「ジャーナリズム作品全集」第六巻「ヨーロッパとアメリカ大陸から第二集(1955−1960)」ということで、取り上げられているルポは、ベネズエラの独裁政権の崩壊の時代のもの。
実際のところ僕は、この時代のベネズエラや南アメリカについては詳しくない。というよりもほとんど何も知らない。時代背景を知っている方がより面白く内容を読むことができるはずだとは思うが、そうでなくとも関心を持って読むことができた。独裁政権の崩壊、狂犬病の犬に噛まれた少年の命を救うための血清を調達、妻と喧嘩して家を出た結果インディオに捕まって帰れなくなる若者、雨が降らず干上がった街、ベネズエラを海外の債務から救うために市民から寄付をつのる提案、競走馬の競売といったようなルポが掲載されている。どの話も興味深く読んでいたが、ルポなのか小説なのかよくわからないようなものが多いという印象を感じた。例えば、実際に雨が降らず干上がった街の話「1958年6月6日、干上がったカラカス」などは事実ではなく、未来の仮定である。まさに、ジャーナリストから小説家へと移行していく時代の作品を集めた本なのだと思う。
短編小説集だと思って読んでも違和感無く楽しめると思うが、そのつもりであればマルケスの小説を読んだ方が面白い。マルケスというジャーナリストが、小説家になっていく一つの側面を知ることができるという意味で最も面白い本だと感じた。
日付:2005/07/09
企業参謀大前研一(講談社文庫)
なんて読みやすいビジネス書なのだろう、というのが第一の感想。「戦略的思考」について入門から始まり、企業や公共分野への適用までを取り扱う本書だが、そのはじまりは東京から伊勢志摩へ出かけることの価値について分析から。東京から伊勢志摩まで出かけるパックツアーで、移動時間、睡眠時間、現地で活動できる時間などがどれくらいかを調べる。現地で活動できる時間をどれだけか把握した上で、そのパックツアーの価格と並べてみる。そのようにして分解して考えた場合に、そのパックツアーの価格が妥当か、参加する人にとって価値ある物であるか、を改めて考えてみようということ。そして、企業や公共における戦略的思考についても同じことで、事実を分析・調査した上で、それぞれの戦略案が妥当であるかどうかを検討することで妥当性と説得力のある戦略を立案することができる。ということが、本書の概略。
本書は、企業戦略という一見難しそうなテーマを取り扱ってはいるが、先に示したような展開で説明がなされていることもあり非常に読みやすいという印象を受けた。難しい言葉を並べ立てることもなく、平易な言葉でロジカルに説明が展開されていく。本の厚みも分厚いものでもなく、平易な言葉で書かれているが、内容を読んで考えられる部分も多い。今回はさらりと読んでしまった感じだが、じっくりと考えながら読めば、また良い味のある本ではないかなとも感じた。
日付:2005/07/07
人を動かすD・カーネギー(創元社)
人間関係について述べられた自己啓発書。読んでみれば、書いてあることは至極当たり前のことばかりと思うのは私だけではないと思う。しかし、当たり前のこととわかっていながら、それに取り組めていないというのが実際のところ。そして、当たり前のことを本に指摘されたからと行って、そうだとは思いながらも、取り組めないのも実際のところ。
この本では、人を動かす三原則、人にすかれる六原則、人を説得する十二原則、人を変える九原則、幸福な家庭をつくる七原則で構成されている。書かれていることは、結局は「他人を思いやりなさい」ということなのだと思う。しかしこの本の面白いところは、それらの原則を読者に伝えるために、これでもか、これでもか、といわんばかりに具体例をあげ続けているところ。そして著者は、それらの具体例をなるべく読者が思い浮かべられる人物で説明しようとしている。残念ながら、1955年にこの世を去った著者の思い浮かべられる人物と僕が思い浮かべられる人物が同じというわけにはいかないが、ナポレオン、リンカーン大統領、アル・カポネなど思い浮かべやすい人物が取り上げられていることは確かである。そして、それらの具体例を読みながら、それぞれの原則に納得し、自分もそう取り組みたくなってくる。「人を動かす」術の書かれたこの本は、読者を動かす術を知っているのかもしれない。
日付:2005/07/06
ピーターの法則とは「階層社会では、すべての人は昇進を重ね、おのおのの無能レベルに到達する」である。具体的に説明すると、技術に秀でた有能な技術者はその能力を認められて主任へと昇進する。ところが、技術に秀でた有能な技術者が部下をコントロールし、その仕事を円滑にすすめる能力に長けているとは限らない。そのような有能な技術者は主任になることによって、何も生産しない無能な人間となってしまう。仮に主任として優秀であったとしても、更に昇進を繰り返し、部長や役員や社長となった結果何も生産しない無能な人間となってしまう。いずれにせよ、人は何も生産できなくなる、無能とされるレベルまで昇進をするのである。そしてその結果、階層社会は無能な人間ばかりとなってしまう。それでもその社会が成り立つのは、まだ無能レベルまで昇進していない、昇進途中の人間が生産を行っているからである。
なるほど、確かに。読めば納得してしまう法則だ。そしてそのような例は、僕の身の回りにも多い。そして、この本では、その法則の説明だけでは終わらない。そのような無能レベルに達することが無いように、現在の仕事を遂行する上で支障が出ない範囲での無能さをPRすることをすすめている。また、その教えを人類自体にも適用して、無理をして宇宙旅行をする必要は無く、地球で充実した生活できるようにすればよいではないか。とすすめてもいる。
社会を皮肉った軽い内容の本という印象を持ってこの本を手に取ってみたのだが、読んでみるとなるほど納得という感じ。そして著者は、これを階層社会学と称している。とはいうものの、肩の凝らない本であることも確かなので、気楽に読むことができた。
日付:2005/07/05
五輪書宮本武蔵、鎌田茂雄(講談社学術文庫)
僕はこの五輪書の教えを「正攻法で行け」であると理解した。五輪書はその名の通り地・水・火・風・空の五つの巻で構成されている。地之巻では兵法のあらまし、水之巻では剣術の道理・火之巻では戦いのこと・風之巻では宮本武蔵以外の流派のこと・空之巻では真実の道が描かれている。
宮本武蔵は武士であり、五輪書は剣術の指南書であるが、本書に記されている記述には普遍的な記述も多い。風之巻で、他の流派の欠点について述べられているが、それはすべて「敵を切る」という観点から考えて合理的でないことを欠点としてあげている。宮本武蔵の兵法において、戦いの目的は「敵を切る」ことであることが明確になっている。目的が明確であれば、その目的を達成するために合理的でないことは不要であり、無駄である。考え方は非常にシンプルで簡単である。訳者も指摘していることであるが、宮本武蔵は合理主義者である。そして、それはこの五輪書を読むことでも感じることができる。五輪書の考え方が合理的であること、五輪書の記述に無駄がないことである。
ところで、五輪書は「世界で最も重要なビジネス書」で紹介されていたので読むことにした。この五輪書の教えをビジネスに当てはめると「正攻法で行け」「合理的であれ」と言える。なるほど、至極当然のことであり、実践することは意外と難しいことでもある。
日付:2005/07/03
平生釟三郎・伝小川守正、上村多恵子(燃焼社)
「健全なる常識を持つ、世界に通用する紳士たれ」「知育、徳育、体育」と言う平生釟三郎の言葉は、甲南大学を卒業した者であれば当然知っている。そして僕自身もその一人である。しかしながら、甲南学園を作ったこと、文部大臣を務めたことなどは知っているが、その生涯についてとなるとほとんど何も知らない。
主な経歴を順に並べると、高等商業学校を卒業、兵庫県立神戸商業高校校長、東京海上保険株式会社入社、甲南幼稚園・小学校・中学校を創立、甲南病院を創設、川崎造船所社長に就任、ブラジル経済使節団団長、貴族院議員、広田内閣の文部大臣、日本製鉄株式会社会長に就任となる。これだけで、政治、文教、経営の世界を股にかけて活躍した人物であるということがわかる。この本を読んでみて感じたことは、経営の世界で非常に力を発揮した人物であったと言うこと。僕自身が甲南大学で学んだから感じるのだとは思うのだが、平生釟三郎は教育者であるというイメージが強い。もちろん人を育てることに尽力したことは確かだが、東京海上、川崎造船所、日本製鉄(現在の新日本製鉄)での経営の取り組みは興味深い。行ったことは、経営者として極めて当たり前のことを行っているだけとも言えると思う。しかし、現代の経営者にはできていないことばかりである。当たり前の管理を、責任を持ってきちんと実施すること。この本の著者は、平生釟三郎は、武士道の精神(恥を知ること)で、自分を律して責任をもって物事に取り組んできた。ということを言っている。「自分を律すること」というのが「健全なる常識」か、と感じた。
日付:2005/07/03
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