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2004年12月 読書ノート最終更新日:2004/12/23
ここでは私が読んだ本についての感想を公開しています。本のジャンルは「なんでもあり」です。
東京23区各区がどのような街なのかを、区毎に紹介している本。著者自身も東京人のようだが、各区の住人を小馬鹿にしたような描写が面白い。私が思うに、東京人は人を下にみる習性がある。例えば、東京人は悪態をつく時に「こん畜生!」と、とにかく相手を下げずむ。東京の紹介が、人を小馬鹿にするという東京らしい口調で行われているところが、この本の最も面白いところなのかもしれない。
ところでこの本は、区によってかなりページ数に差があるようなので、区毎にページ数を調べてみた。括弧内はページ数でページ数が多い順で、港(21)、渋谷(21)、中央(19)、世田谷(17)、千代田(15)、新宿(15)、台東(11)、中野(11)、豊島(11)、文京(9)、墨田(9)、杉並 (9)、練馬(9)、葛飾(9)、江東(7)、品川(7)、目黒(7)、大田(7)、板橋(7)、荒川(7)、足立(7)、江戸川(7)、北(5)の順。著者の好みもあるだろうけど、このページ数の差が各区の話題の多さと差だと言ってもあながち間違いではないのかなという印象を持った。しかし、北区のこのページ数の少なさはあまりにも寂しい。北区にももっと色々な話題があると思うので、北区についてちょっと調べてみようと思った。
というように読者に東京への関心を深めさせることに成功している。そういったところが、上手いなぁと感じた
日付:2004/12/23
「Separation きみが還る場所」…この作品は14ヶ月というTVドラマの原作で、テレビで一度だけ見たことがあった。少女になった大人の女性が、母親と話をしているという場面を覚えている。
この作品の中で、ホテルの客室係の西田茜が言う「この物語の教訓は何ですか?」という台詞。この台詞が妙に印象に残った。この作品はただ純粋に、若返り続ける妻とその夫が一緒にい続けるという話。そこにある意味は愛しかない。単純な話で、そこに飾りや文学的な優秀さは要らないというスタンスが見える台詞だと思う。
「VOICE」…本の帯に「Separation きみが還る場所」の原型ともなった作品と書かれていたので、同じ作品連続で読むのはちょっとしんどいなぁと思って読み始めたが、登場人物の名前が共通なだけで、全く異なる話で少し安心。こちらは逆に一緒に居続けないという、わかるんだけれどももどかしい物語。この2作品を一つの本に収まっているという、類似性と対比が上手い具合にアンバランスな感じがした。
日付:2004/12/21
なんというお気楽な話なのだ、というのが第一の感想。電撃文庫は本当に久しぶりに読んだけど、ここまで軽いノリだったかなぁという感じ。そもそも、宝島社の「このライトノベルがすごい!2005」を読んでいて、この中でこの作品が勢いがあるというように言われていたので、手にとって読んでみたのが始まり。
この話は、主人公を撲殺し続けるドクロちゃんの話で、ギャグ満載の物語。「撲殺」なのに「天使」で、「ドクロ」なのに「ちゃん」付け。という時点ですでにギャグなのだけど。
しかし、「近頃のライトノベルってこんな感じなんだ」という判断をこの本を読んでして、良いのか、悪いのかがよくわからない。でも笑えたからまぁいいか、と思える作品。
日付:2004/12/18
こういう感想はどうかと思うが、この物語を書こうとしたらジョン・レノンやビートルズについて結構調べないといけないだろうなぁと感じた。と思ったら、案の定、巻末に参考にした資料の一覧が掲載されていた。
恋愛もするけれど、主人公が向いている方向は自分。今まで読んできた片山恭一氏の作品は全体的にそんな感じがするが(というか文学ってだいたいそんなものなんだろうけど)、この作品は特にそれが露骨に描かれているように思う。「満月の夜、モビィ・ディックが」や「世界の中心で愛をさけぶ」では、主人公目の間に実在する人物との行動によってそれが描かれているが、この作品では主人公の目の間に存在するはするが、そこには実在しないジョン・レノンという存在によって主人公は自分を見つめる。直接的な手法といえば、非常に直接的な手法によって描かれているなぁと感じた。
日付:2004/12/16
一巻目を読んだ勢いで読んだ感じ。物語の展開としても、読んでいる方にとってもキャラクタの個性が明確になってきているので、一巻目よりも話の展開を楽しみながら読めた気がする。
「水のなかの目」という短編のストーリー展開は、予想通りの展開で、読者が予想できるように目一杯、目に見える複線を張っているという感じだが、ストーリー展開を楽しむことができた。予想通りの展開のおもしろさというものだろうか。
正直なところ、一巻目を読み終えた時点ではあまり続きを読み続けようとは思っていなかったが、キャラクターの個性が見えてきて展開を楽しめるようになってきたので、また続きを読もうと思う。
日付:2004/12/14
楽に読めるミステリーの作品集。主人公は十九歳のマコトで、その物語の展開の中には必ず池袋のストリートにいるガキたちが登場する。それに加えて、「エキサイタブルボーイ」ではヤクザが、「サインシャイン通り内戦」では池袋警察署長までが登場する。そんな登場人物の広がりに対して、あくまでメインの舞台は池袋。この作品では、池袋が犯罪にまみれた街(たとえば一時代前のニューヨーク)のようにも描かれているし、平凡な都市のようにも描かれていて面白い。解説にも少し書いてあったが、池袋という街は新宿や渋谷に対して、良くも悪くも地味な印象の街だと思う。ハードボイルド小説の舞台には当たり前な新宿ではなく池袋を選んだ作者のセンスが、この小説には確かに生きていると思う。
この作品は主人公の一人称で描かれているのだが、主人公が何かに対して感想を抱いた際に一言付け加える部分が、読んでいて違和感を感じた。その違和感で、主人公が独り言のように物事を考えている様子が(読者に)伝わってきているのだろうと思う。
日付:2004/12/09
映画化・ドラマ化され、以前から流行っている恋愛小説。物語は、「世界の中心で」という大仰なタイトルのわりにはこじんまりとした世界の中で展開していく。
この作品にしても、直前に読んだ「そのときは彼によろしく」にしても、息子と祖父or父が愛について語り合うシーンが登場する。祖父と愛について語るという場面は、同世代の男同士や男女が語り合う世界とは違う、独特な印象を与えてくれる。それは、息子がその背中をみる祖父or父でもなく、肩を並べる友達という姿でもなく描かれる。恋愛は恋する二人が主人公の物語だということは自明だが、その恋について語り合う、信頼できる誰かがいることというのもとてもすばらしいことではないかということをふと考えてみた。
日付:2004/12/03
読み終えた時に、「なるほどそれを題名にしたのか」という印象をもった。この物語の主人公の智史、そしてその仲間の花梨、祐司ではなく、智史の父親の台詞を題名に持ってきたのか。この物語は、人と人とを結びつける人を描いている。祐司が花梨と智史を繋ぎ、智史が花梨と祐司を繋ぐ、そして花梨が智史と祐司を繋ぐという結びつき。それ以外の脇役たちも人と人との結びつきに関わっていく。その結びつきを演出する名脇役である智史の父親の台詞を持ってきた当たりに、その世界の広がりを感じさせるなと感じた。
この小説の物語は心地よく進み読みやすかった。その心地よさは、この物語の多くが思い出で構成されており、また同時にこの物語で思い出の心地よさが語られていることからくるものなのだろうか?
日付:2004/12/02
「世界の中心で、愛をさけぶ」の片山恭一の恋愛小説。主人公を取り囲むありったけの現実とありたっけの非現実が、人を愛する気持ちを糸に結び付けられていく感じ、という物語だろうか。
もちろん、人を愛することを考えながら物語りは展開していくのだが、タケルという人物の勢いに物語がぐいぐいと引っ張られていく。小難しい感じではなく、次々とめまぐるしく読み進められたという印象だった。読み終えた今、こういうところがこの作品の巧さなんだなと感じる。また、物語を振り返ってみると、タケルという登場人物以外も個性的でありながら、物語の上で重要な意味を持って登場しており、巧いなぁという感想をさらに深めた。
冒頭で挙げておきながら、まだ読んでいない「世界の中心で、愛をさけぶ」、ぜひ読んでみようと思う。
日付:2004/12/01
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