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1998年02月 読書ノート最終更新日:1998/02/24
ここでは私が読んだ本についての感想を公開しています。本のジャンルは「なんでもあり」です。
シェイクスピアの伝記物語ではないが、はっきりとわかっていないシェイクスピアの劇場人としての人生を描く。その手法が、資料に基づく推測といった感じの試みで、嘘と言えばそれで終わりなのだけど、ある程度本当ではないかと感じさせるような作りにはなっていた。シェイクスピアや演劇に関して僕は全くの素人なので、その事実が嘘か本当かは想像もできないし議論にも参加できない。けど、資料に基づいて一人の偉大な人物を回想してみるという試みは面白く関心を持つことができた。
この本の中で「シェイク・シーン」=「舞台を震撼させることができる者」といったようなことが出てきたが、シェイクスピアとはそういった意味のペンネームなのかと思いきや、ロバート・グリーンによるシェイクスピアを皮肉った批判だというのが面白かった。
この本ではシェイクスピア以外にも、マーロウについて良く触れられていた。シェイクスピアといった人物を知ろうと思うとその周りにいた多くの人をも知らなければならない、当たり前のことを再考してみた。
日付:1998/02/24
あとがきに「一人でも多くの人々が、劇場に向かう契機になってくれれば、著者としては本望である。」とあるが正にその通りだろう。この本では、つかこうへい・野田秀樹・鴻上尚史、それから、劇団青い鳥・自転車キンクリート・遊◎機械/全自動シアター・善人会議とか。いろんな演劇について論じられてはいるし、その多くの記述から僕は擬似的に演劇にふれることもできた。しかし著者が言いたいのは要するに「私(著者)は、演劇が大好きだ」ということなんだろう。どの本を読んでもこういうことは言えることなんだろうと思うけど、なんだか強くこの本にはその意志を感じたように思う。
演劇に多くの歴史があるであろう事は想像はしていたけれどこうして「つか以後」という短い期間にすら端折ってもこんなにいろいろな流れがあったんだと思った。しかし、僕は未だに劇場に出かけようといった風にはならない。肩の凝らない演劇について延々論じられていたのに、深く考え・勉強しようとし過ぎるのだろうか、僕にとってはなぜか肩の凝る仕事だった。もっと気楽に生きてみればいいのにとは思うけど。
日付:1998/02/22
下巻へと進んだが、今日この本を図書館に返さなければいけなかったのであわただしく読んでしまった。上巻の時にも書いたと思うけど、日本からみたのではない、イギリスからみた世界史という物は少し異質な感じがしたが、世界史という物を冷静にみるために、本当に客観的にみていくためにはこのような方面からの本を読むべきだったし、この機会にこれを読むことができて良かった。
ところでないように関してだが、本編(第二版)の方では第二次大戦中のまっただ中までであって、非常に絶望的な見解が述べられている。しかしそれは付録(第三版)の追加部分では、そんなに悲観的な物にはなっていない。二版の部分と三版の部分がこのように分けられていると、ウェルズの居た時代のウェルズの声の移り変わりがよくわかった。第二版の時には誰が日本に原子爆弾が落とされると予想しただろうか、また誰が国際連合という国際連盟のようなあまりに陳腐な国際組織にとって変わる物が生まれると予想しただろうか。そう考えてみるとこれからの世の中良くも悪くも、どうなるのかわからないのではないだろうか。そんなことを考えてみるとまだまだこれからも世の中を見つめ生きて行こうと思う。
日付:1998/02/20
実際この本を読んでみようと思ったのは、世界史に関する理解を深めるためだった。とりわけ作者が日本人でない事が、今まで読んできた世界史のテキストとは違った観点から見つめられるような気がして惹かれた。しかし、冒頭の解説によると、この書は思想的な物であるようで僕がこの本を手にした動機とはずれた感がある。なるほど読んでみると、確かに思想的ではある。しかし自分の世界史に理解を深めるという目的には特に問題はないと思う。いろんな思想に触れてみるのもいいことだと思う。それに、客観的な物を求めてそれに安心するよりは、いろいろな思想を自分の中で処理してみてもいいように感じる。
内容に関しては、上巻は人類の起源から十字軍の頃までだった。高校の時の世界史のテキストのような内容だけど、前述の通り思想的(作者の見方が述べられている)ので、教科書ほど退屈な物ではなかった。やはりというか、ローマに関することが大量に述べられていて、中国に関しては述べられていることは少ない。日本に関しては全くない。日本史との比較がないのは僕のような日本人には理解しにくかった面もある。けど本当に世界史を眺めているという感じは味わえた。ところで、ローマというのはヨーロッパ、ひいては世界に大きな影響を与えた帝国だったのだなぁと言うことを改めて感じた。
日付:1998/02/20
ゲーテの自叙伝というもので、今までゲーテは小説・詩・戯曲しか読まなかったが、ここで初めて随筆のような物にふれることができて、初めて生でゲーテの主張を聞いたような気がする。
この本を読んでみて、ゲーテ自身が自分を結構優秀な奴だと自負していたのがわかって面白かった。実際には自分が賢いと考えている奴は多いだろうが、ここまで本の形にされて堂々と言われると気持ちが良い。それから、五章で出てきたグレートヒェンだが、今まで読んだいろいろなゲーテの著作のあとがきなどで見かけて、ちょっと気になっていたがここでその疑問・好奇心も少しはれたような気がした。ゲーテがグレートヒェンに好感を持って、グレートヒェンと会うことを楽しみにすると言った至って当然の感情は非常に親しめた。
この「詩と真実」を読んでみると、自分でも自叙伝を書いてみようかと言った気分になったが、自分の自叙伝を書くのはまだつらいと思う。グレートヒェンのような人が居たという過去もないから。
日付:1998/02/14
セーラー服と機関銃の続編という事で、同じ乗りだろうと思って読んでみたら、やっぱり同じ乗りだった。ただし前作と違うところといえば、泉が機関銃をぶっ放すところがなかったというところだろうか。赤川次郎自身たぶん前作を書いたときには、同じキャラクターを使って続編を書こうとは思っていなかったような感じがするが、うまくまとまっていた続編だったと思う。しかし、卒業間近だという理由だけから「卒業」というタイトルはあまりにもひねりがないように思うけど。
日付:1998/02/05
砂の女安部公房(新潮文庫)
今度の対外読書会の為に読んだ。安部公房の作品は読んだことがないのでどんな作品か全く知らなかった。実際読んでみると、砂の中に閉じこめられてそこからの脱出を試みるが、成功しないという繰り返しで、最終的に成功して村から脱出することを期待させられるはずだが、それは冒頭の失踪が決定しているという部分ですでに否定されている。だからこそ次になにが起こるかという事が興味深かった。最終的に砂の中の環境に適応してしまうのが、落ちといえば落ちだが、それ以上に「罰がなければ逃げるたのしみもない」という言葉か。
しかしながら読み進めている途中では、ダニエル=デフォーのロビンソン・クルーソーが思い浮かんでいたのはなぜだろうか。
日付:1998/02/03
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