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1998年01月 読書ノート
最終更新日:1998/01/30

 ここでは私が読んだ本についての感想を公開しています。本のジャンルは「なんでもあり」です。

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あの角を曲がって…
赤川次郎(祥伝社ノンノベル)

 赤川次郎らしい読みやすい本だった。19歳の女子大生「涼子」とサラリーマン「内島」の不倫が中心になって、物語が進む恋愛小説で、表紙に「長編サスペンス恋愛小説」と銘打っている割にはただの不倫恋愛小説だなぁと感じていたら、最後に田辺が現れて、涼子を殺してしまうんだな。そこがサスペンスなんだ。とか思ってた。
 ところで、内島の妻・通江は夫の嫉妬心を煽るために自分も男ができたように振る舞っていたが、それ以前に自分が夫の不倫によって嫉妬心を煽られていることに気付いていないんだろうか、そのあたりが盲目だなぁとか思った。
日付:1998/01/30


中国語のすすめ
鐘ヶ江信光(講談社現代新書)

 中国語なんて全然知らないが、ちょっとだけ関心を持って読んでみた。読んでみると意外と中国語というものはわかりそうな感じがするもんだな、と感じた。それに四声というものは実際聞いたことがあるし、我是学生といったような文章は知っていた。そう思えばこの本から得た中国語の知識というのはほとんどないのかもしれないが、中国語ひいては語学を学ぶ上での姿勢とか、中国語の特徴といった中国語を学ぶための参考が詰まっていたように思う。これから中国語を(趣味で)勉強するかどうかは分からないが、外国の言葉・文化に関心はあるのでその参考にできれば良いと思った。
日付:1998/01/29


高橋留美子の優しい世界
平井和正(徳間ノベルス)

 「めぞん一刻」という漫画は僕自身がとても好きな漫画なので、この本にはとても興味を持って読んでみた。しかしながら好きな漫画であるが故に、それを裏切るような内容ではないだろうか。という不安もあった。しかし僕の不安を裏切るようなエッセイ集ではなかった。しかし期待したようなエッセイ集でもなかったように思う。女神の時代が始まるというテーマで高橋留美子の作品をとらえていて、「めぞん一刻」の面白さについては、音無響子の女神性から来ているように言っていた。僕はただ単に「めぞん一刻」を面白いと思うしそれ以上のことは深く考えない。それで構わない。「めぞん一刻」の新しい一面に出会った気はしない。ただ「めぞん一刻」の読み方の一つに出会っただけだ。そう思うようにした。
 あとがき小説「ビューティフル・ドリーマー」については、はじめは平井和正の作品の発祥について、ノベルチックに書いているだけでどうしてこんなところにこのような小説があるのか疑問だったが、読み進めて意味が分かった。高橋留美子=「めぞん一刻」との出会いが、平井和正にとって、このような小説を描き出すほどの大きさを持つものだったのだと。
日付:1998/01/28


エレンディラ
G・ガルシア・マルケス(ちくま文庫)

 文学研究会の後輩が好きだという「ガルシア=マルケス」というのを読んでみようと思って買ってみた。読んでみたところ、意味は分からないけど面白かったと思う。幻想小説と言うよりは童話といった方ような感じの作品群が並んでいたが、幻想的という言葉がとても似合う小説集だと思う。
「大きな翼のある、ひどく年取った男」…天使という幻想小説にはありがちなものが現れたが、その扱い方が見せ物といった感じのひどい扱い方だったのは、のっけから意表を突かれた。
「奇跡の行商人、善人のブラカマン」…行商人が主人公に対して拷問のようなものを繰り返し、その中で奇跡を得て、主人公は皆に善行を行う。という所までは、普通なのだが、その後墓の下に行商人を埋葬した後、地面の中で行商人を生き返らせて、地面の中で生きるの苦痛を味わせ続けるという発想は悲惨で、主人公を善人と思えなくするものだった。
「無垢なエレンディラと無情な祖母の信じがたい悲惨の物語」…この短編集では一番長い話で、エレンディラという少女が、祖母に虐げられて、最後にはウリセスという青年の力を利用して祖母から逃げる、というのがあらすじ。物語というものはどうしてもだろうが、結末が印象に残る。さいごはエレンディラは祖母から無事(?)に逃げることができるが、ウリセスを踏み台にしているような感じで、今まで与え続けられてきたエレンディラの災難よりも、見捨てられたウリセスの哀れが強調されたような気がした。
 このほかにはいくつか短編があり、ほかの作品も印象的なものばかりであったが、この3つが特に印象深かった。マルケスの有名な作品には「百年の孤独」があるらしいが、僕は全く知らない。この作品も機会があれば読んでみようと思う。
日付:1998/01/25


学校という舞台 いじめ・挫折からの脱出
山口昌男(講談社現代新書)

 副題「いじめ・挫折からの脱出」というものが、本の内容にほとんど関係ないような感じがした。著者の自分史のようなものが書かれているのは面白く参考にはなったが、著者も認めるように攻撃的な文章で自己完結しているような内容だったと思う。本が面白くなかったとは言わないが、決して出版に値する書物であったようには思えない。少なくとも、僕自身が学校という舞台の「いじめ」を考える上で、参考になるような本ではなかった。しかし、著者のような行き当たりばったり・楽天的な人生には少しあこがれるようなところもないではない。
日付:1998/01/25


自動車の世紀
折口透(岩波新書)

 「自動車」=「20世紀の恋人」とは初めて聞いた言葉のような気がする。しかしなるほど、この本を読んでみて自動車とその歴史をみてみると20世紀という時代は、自動車と人が恋人同士のように強い影響を与えあってきたんだなと感じることができた。
 僕は自動車にはあまり興味がないので、特にあの車がどうだとか、こうだとかいった話にはあまり興味がわかなかったが、それに携わった技術者の話には興味がもてた。「科学技術に国境はない」という言葉は、僕はとても好きだ。他にポルシェの「形の美しいものは性能にもすぐれている……。」という言葉も納得できる。
 最終章の20世紀の恋人で、欧米には日本では余り無い車種によるイメージの違いがあるということが述べられていたが、この項の中でディズニーが車を擬人化したが、その車がフォルクスワーゲン・ビートルだということはなるほど納得できた。ロールス・ロイスを擬人化したらちょっとタカビーな奴になちゃうんだろうな、とか。
日付:1998/01/22


キリスト教英語の常識
石黒マリーローズ(講談社現代新書)

 「キリスト教」という言葉と「英語」という言葉が並んでいたので、興味を持って読んでみた。英語を学ぶ上でキリスト教の知識があった方が良いに違いないとは思っていたので、自然に読み進めることができた。実際に読んでみると英語の勉強と言うよりは、キリスト教の文化背景の勉強になってしまった感じがする。これ一冊を読めばキリスト教文化がわかるとは思ってはいなかったが、中途半端でなくもっとキリスト教文化を勉強した方が国際的な理解の助けになるに違いないということが認識できた。
 この本は以前読んだ、三浦綾子「旧約聖書入門」と同様に、実際の生活・事実と聖書の言葉が並んでいて非常に入りやすい本だった。日本人が不自然に感じる表現なども、キリスト教文化を理解できれば自然に触れることができるんだろうな、と感じた。英語の勉強に役立ったような気はほとんどしないが、このような本に触れることができてよかったと思う。彼女の前書「キリスト教文化の常識」も読んでみようと思う。
日付:1998/01/20


妖獣都市
菊池秀行(徳間文庫)

 怪奇アクションとはいうが、菊池秀行であることからも想像できるように、エロティックな作品だった。実際菊池秀行の作品はこれが初めてだが、よく耳にしていたのでそんな感じはしなかった。
 エロティックで引きそうな感じもしなくもなかったが、結構面白かった。滝と麻紀絵が、最終的には人間と「あちらの世界」を結んで新しい生命を生むという最終局面は、容易に予想できそうなものではあったが、なんだかほっとした感じがした。ただ単にエロティックなことに、意味を見いだすための苦肉の策と見えなくもないんだけど。
日付:1998/01/14


パソコンLANとは何か
脇英世(講談社ブルーバックス)

 Open System Intercommunicationについて書かれている部分が大半であった。想像したよりも高度な内容の本だった。ブルーバックスというと簡単なイメージがあったが、この一冊で少し見方が変わった。
 この本のOSIに関する説明を読んで情報処理技術者試験の本で全くわからなかった、OSIについて少しではあるが理解できたような気がする。通信ネットワークに関する話題は多いが、実際にどんな本を手にすればいいのかはよくわからなかった。将来的にはネットワークスペシャリストのテキストなどに触れることになるだろうと思うが、ここで読みやすい本に出会えて良かったと思う。
 具体的な話から入っているのがこの本のわかりやすさだと著者は述べるが、どちらかというと具体的な話は読者の興味を引く部分のような気もする。実際IBMの通信ネットワーク史などは大変おもしろかった。
日付:1998/01/10


The Secret Garden
Frances Hodgson Burnett(Yohan Ladder Editions)

 「秘密の花園」を読んだのは初めてではないが、こんな話だったかなぁといった感じで結構新鮮に読めたような気がする。実際英語で読んでみると、非常に時間がかかったが。
 読んでみて感じたのは、MaryはMarthaに勇気づけられて元気に動き回る子になり、ColinはそのMaryに勇気づけられていく。その後、 MaryとColinとDickon達が、Gardenを作り直して、Mr. Cravenを勇気づけて、幸せを勝ち取る。こういった感じでこの話は、連鎖的に皆が幸せになっていくのが読んでいて心地よいのだと思う。しかし、 Marthaは後半何処に行ってしまったのだろうか?
日付:1998/01/04




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