1997年07月 読書ノート最終更新日:1997/07/31
ここでは私が読んだ本についての感想を公開しています。本のジャンルは「なんでもあり」です。
人形の家イプセン(新潮文庫)
この話を読んでいる途中までは、いったい何処が人形の家なのかなと言う感じがしたけれど、最後まで読んで何となく分かった。但し、あくまでも何となくしか分からなかった。解説の中で、この話のテーマが婦人解放のように書かれていて、実際そのように感じたけれど、その問題と直結している第三幕を読んでいる時は、ヘルメルに感情移入してしまって、無知であった故にいきなりと感じて不条理に思っているだろうなと同情的に見ていた。ノラの言っていることも確かに納得できなくは無いが、ヘルメルにとっては納得し難いだろうと思った。
ところで、イプセンは「ペール・ギュント」の作者だったことを知った。イプセンと聴くとこの作品ぐらいしか思い浮かばなかったが、ペール・ギュントなども探して読んでみよう。
日付:1997/07/31
前半の「韻文による物語」は、読んでいてだらだらしていて冗長な感じがしたけど、思ったより楽しかったと思う。このような散文調は特に何も考えずにすいすい音を楽しむような感じで読めるので気持ちよかった。
後半は「眠れる森の美女」「サンドリヨン(シンデレラ)」など有名な話ばかりだったが、読んだ感じは、こんな文章なんだなと言う感じだった。もっと綺麗な文体のような感じがしていたが、それは訳の問題だろうか。しかし、これらの物語の後に、教訓が述べられているのは面白かった。そのように解釈するんだなと言う感じで、文学の研究っぽかったけど、語り口調で発言者が絶対的な感じだった。文学の研究者でもそのような人が多いが、教訓にしてももっと謙虚に述べるべきじゃないかと思う。まあ、この童話の場合は子供向けも考えて、発言者の威厳って物が必要なのかも知れないが。
日付:1997/07/30
この本の話は全体的に見て、美しい話ばかりだったように思う。この本から、ヘッセの考えるところのメルヒェンが見えたように思う。すっかりとヘッセが好きになった。詩集は途中まで読んだけど、師が絶対的に美しいわけでなく。物語の美しさという物を、再認識したように思えた。この本全体の感想と言えば、ありきたりな言葉で、心が洗われたようだと言ったところだろうか。
「アウグスツス」…この話は、母親の子に対する愛情から出た悲劇に始まって、その子アウグスツスが最後には自分が誰からも愛されるという悲劇に気付いて、更正というか自分のした罪を認めていくことで話が終わる。読み進める内に非常に母親の愛情がもどかしかった。人から愛され過ぎて人を愛せないということが、傍目に見てこんな事なんだな。と感じた。何もアウグスツスが悪い訳じゃないんだろうな、と感じ続けていた。
「ファルドゥム」…人が山になるという発想は正に童話的だと思う。しかしこの話の中心はそこになくて、その山でありかつ男でありかつ女であることにある。山になった物がただ寂しいというのでなく、単性的である事に寂しさがあるというのは、このただの童話に見えるような話の中に、恋物語のような物が垣間見れて楽しかった。
このほかの話も非常に美しくて、心地よかった。グリム童話なんか読んでたら心が汚されるな、とも思うくらい快かった。
日付:1997/07/29
緋文字ホーソーン(新潮文庫)
不名誉な緋色の文字Aを胸に付けて生活するというへスター・プリンという、想像しろと言われても全く実感できないような雰囲気から物語は始まった。胸に同じ緋色のAを持つディムズデイル師の登場は、読者である僕が名乗り出ない人物への怒りを持続するには遅すぎた。へスターにしろディムズデイルただ単に悲劇の人のような印象を受けながら話が結末へとつながってしまった感じだった。解説の解釈もあるだろうが、きっとホーソーンはただ単に悲劇を描きたかったのではないと思うのは当然だろう。しかし自分が読後ただ悲劇のように感じただけだったのは、勿論テーマが重すぎないようにと言う作者の配慮だとは思うが、なんだか悔しいような感じがした。
この物語でディムズデイルがパールを見て自分に似ていると思うシーンで、ディムズデイルはそれを嬉しいと思うのではなくて恐怖と感じるところが、当然の感情なのだろうけど、妙に印象に残った。
日付:1997/07/28
ロビンソンクルーソーは多分読んだことがあるはずだと思って読んだのだけれど、意外と読んだことがないように思った。しかし、主人公は島に27年も漂流して居るんだけれど、その間にはじめに持ち込んだ道具が、特に鉄砲、よく使えたなあと思った。鉄砲の弾なんてそんなに持つものじゃないと思うけど。しかし重すぎるボートを作ってしまって動かせないと言うのは傑作だった。細長い木を並べて転がすとか言うような方法を取ればいいのに、結構無知な奴だなと思った。結末の、甥に誘われて再び航海に出ようとするところはなかなか懲りない奴だなとほほえましかった。
日付:1997/07/24
ハムレットシェイクスピア(新潮文庫)
ハムレットという狂気の人が主人公となって進行して、最終的には皆死んでしまうと言う悲劇だが、実際読み進めているときは、ぼーっと読んでいて何がなんだかと言った感じだった。しかし最後の皆死んで行くシーンで、妙に綺麗にまとまった感じがしたの何となく話が分かっていたからだろうと思う。ロミオとジュリエットに比べると随分と読みにくい作品だとは思った。しかし、やっぱりと言うか悲劇は好きなので、これからまずは四大悲劇あたりから、シェイクスピアの悲劇を読もうと思う。
しかしこの本は戯曲つまり本文は良いのだが、解説が長すぎてその辺が読んでいてしんどいと感じた。解説というのは、いろんな事が知れて楽しいのだけれど。
日付:1997/07/23
親和力ゲーテ(岩波文庫)
ゲーテの小説はウェルテル以来読んだが、あとがきを読んでゲーテの長編小説はウェルテル、親和力、ウィルヘルム・マイステルぐらいしか無いと知った。これからもまだゲーテの著作を読んでいこうと思う。
ところでこの親和力は化学の用語とその現象からヒントを得て書かれた小説で、本文中にも親和力の説明とその実験が現れる。このような手法は面白く化学的にも惹かれたが、そのような化学的な面が後半は薄らいでいったのは、オッティリエが中心になって話が進んでいく方向になったからだと思われるが、化学的な所を期待したのは裏切られた。しかし情熱的に邁進していったエドアルトとオッティリエの破滅が妙に美しいのは寂しかった。シャルロッテはその時客観的になったわけだが、妙に中心に位置していて大きな苦痛を背負っていたように見える所もまた寂しかった。
日付:1997/07/21
言うまでもない名作だが、意外と全編を知ったのは初めてのように思う。悲劇と言うことは知っていたけれど、その悲劇と言えば第二幕第二場の「ロミオ様、なぜロミオ様でいらっしゃいますの」というジュリエットの台詞から想像される悲劇だったが、あのシーンは悲劇的なシーンではなくそれ以後のシーンが悲劇なのだと知った。
読んでみた感想として、意外と読みやすい本だったと言うことがある。古典的な作品というと読みにくそうなイメージがあるが、そうじゃないと言うことを改めて感じた。古典的で読みにくいイメージがあるのは、日本の古典だけかも知れない。この作品の場合は訳者の腕がいいからかも知れないが。
日付:1997/07/21
英語で小説を読むというのもなかなか良い物だなと言うのがまず第一の感想だろうか。不思議の国のアリスを読んだ訳だけれど、この話がどんな話だったかはぼんやりとしか知らなかった。こうやって改めて読んでみるとこんな話だったんだという感じがした。なんだかよく解らない展開の連続で面白かった。しかしこの版は700語レベルに簡略化された物なので、また機会を見つけて原文とまでは行かないが、それなりの内容の入った版を読もうと思う。
ところでさすがルイス・キャロルは数学者だけあってか、アリスの身長の表現が具体的にセンチメートルで表されているところが変に童話っぽくなくて印象的だった。
日付:1997/07/20
買うときに感じたことは、多分面白くないだろうな。という、じゃあ買うなよ、とつっこまれそうな印象を受けた。しかし読んでみると意外と面白かった。初めの方の、一人一人順番に戦っていくシーンの連続は、退屈で面白くなかったが、後半の施設で子供の頃に洗脳?、というかインプットをされた記憶が蘇ってくるところ辺りが楽しめた。しかしデータ・ディスクの修復というものは、物理的にどのように行っているのかは疑問が多い。
ちなみに、この小説は映画の原作らしいけれど、この本の巻頭を見る限りでは、面白くなさそうな印象を受けた。あまりみたいと思わない。
日付:1997/07/13
ハルマゲドンをテーマにした小説で、暗い感じが漂っていたが、江戸時代にタイムリープしてからは冒険活劇といった感じになってさくさく読み進められた。お時と正雪(幻魔)との戦いが、なかなか熾烈を極めていたのだが、なんだか訳の分からないまま終わってしまった感じがする。しかし、第一部完と最後に書いて合ったが第二部は何処にあるのだろう、という疑問でいっぱいになった。平井和正にしては、性的描写が少なかったかと思われるので、読みやすかったと思う。これから幻魔大戦シリーズを読み続けるかどうかは、数が多いからどうするかわからない。
日付:1997/07/08
テルジーの冒険ジェイムズ・H・シュミッツ(新潮文庫)
第一部に関しては、とても読みやすかった。テルジーは15才という設定で、読み始めたときはチクタクと言う生物と仲良くしているほほえましい物語だなぁと感じていたが。だんだん話が進む内に、テルジーって賢い子供だなぁと思い、最後には子供じゃない、と思うようになった。一部の最後でクレスト・キャットが居住区にわんさか現れるところが気持ちよかった。
第二部は、何がなんだか分からなかった。第一部と比較して読みにくすぎるのではないだろうか。なんだか法律とか、心理を読むことの遮蔽だとか。難しそうで引いてしまう部分が多かった。一部のようにほほえましい部分があると読みやすかったと思う。しかし、15才の少女という設定でこんなややこしい話はないだろうと思った。
日付:1997/07/05
大人のルポライターになっていてもやっぱり犬神明という名前なんだなと思った。ウルフガイシリーズの方の犬神明と同一人物なのだろうかと思ってみたりもするが、全く見当が付かない、多分違うと思うが。しかし、アダルトというだけあってウルフガイシリーズの方と比べて性的描写が多い。嫌いじゃないけど、そんなに要らないだろと思う。ところで、狼男に赤ずきんという短絡的な発想は、単純すぎて面白かった。CIAが絡んでくると言うありがちな発想も良かった。しかしこのような展開は当時としては新鮮だったのだろうか、当時の状況を知らない僕としては何とも言えないけど。
日付:1997/07/02
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